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【パン職人連載コラム】 パンを買いに行く時間も、ごちそうだった

こんにちは。パン職人であり、ライターの中村ことはです。

パンには、焼きたての香りだけではなく、土地の記憶や季節の気配、人の手しごとが静かに宿っています。
そして、そんな背景を知るだけで同じパンでも味わい方がふっと変わる。
パン好きなら、一度は感じたことがあるかもしれません。

そんな“パンの奥行き”を、浜松在住のパン職人×ライターの私が、毎月そっとお届けする連載コラムです。
読み終わったら思わずパン屋さんへ寄り道したくなる──そんな世界へご案内します。

今回は、パンを買いに行く時間のお話です。

日曜日の朝、パン屋へ向かう人たち

スマホを見ると「あれから8年」という文とともに、Googleフォトがフランス留学時の写真を見せてくれることがあります。

その度に「もう8年も経ったの!?」という驚きとともに、懐かしさがこみあげてきます。

というのも、フランス留学中に撮った写真のほとんどが、パンなんです。笑
たくさんのパンの写真をスクロールして眺めていると、当時の記憶がよみがえります。

今でも覚えているのが、日曜日の朝、クロワッサンやパンオショコラを買いにパン屋へ向かう人たちの姿です。

当時は「これがフランスの日曜日の光景かぁ」くらいの認識でした。

改めて考えてみると、前日にパンを買っておけば、日曜日の朝にわざわざ出かける必要はありません。

朝食はパン派の私にとって、長いこと「朝食のパンは前日までに用意しておくもの」だったから余計に印象に残ったのかなと、最初はそう思っていました。

パンのために「わざわざ」時間を使う

今、日本のパン屋で働いていても、夕方にパンを買っていくお客さまをよく見かけます。
閉店間際に一気にパンがなくなってしまって慌てる、なんてこともあるほどです。

もちろん、その日のうちに食べるという方もいらっしゃるでしょう。でも、中には翌朝のパンを買って帰る方もいるのではないかと思っています。

そんな光景を日々見ているからでしょうか。
今になってフランスの日曜日の朝を思い出すと、当時とは少し違った見方をするようになりました。

日曜日の朝、家を出てパン屋まで歩く。
お店で焼きたてのクロワッサンやパン・オ・ショコラを買って、また家まで歩いて帰る。

パンを買うために、朝の時間を使っているんです。

「用事のついでにパンを買う」のではなく「パンを買うために出かける」。
たったそれだけのことに、わざわざ朝の時間を使う。

その時間も含めて、私にはとても贅沢に見えたのだと思います。

トラム代をケチった先にあったもの

そんなことを考えていた私ですが、実はフランスにいた頃はずいぶんパンを買うために時間を使っていました。
といっても「豊かな時間を過ごしたいから」なんていう素敵な理由では全くありません。

単純に、トラム代を節約したかったんです。笑

留学中は少しでも生活費を抑えたくて「このくらいなら歩ける!」とトラムに乗らず、少し離れたマルシェや語学学校まで歩いて行くことがよくありました。

そうしてあちこち歩いていると、普段は行かないパン屋を見つけることもあります。
パン屋を見つけたら、もちろん入ります。笑

気づけば、いろんなパンを抱えて歩き回っていました。

そして、買ったパンを家まで持ち帰れるかというと、まぁ無理です。
帰り道に待ちきれず、川沿いで買ったばかりのパンを1つ、2つ口に運んで、荷物を減らすこともよくありました。

あれから8年。

正直、あの日食べたパンの味を、一つひとつ細かく覚えているわけではありません。

でも、川沿いの階段に腰を下ろしてパンを食べた時間は、今でもはっきりと覚えています。

太陽の光を反射してキラキラする水面。
周りからBGMのように聞こえてくるフランス語。

きっとトラムに乗っていたら、こんな時間は過ごしていなかったと思います。
でも、歩いたから見つけたパン屋があって、そこでパンを買ったから、川沿いに座ってパンを食べた。

節約のために選んだはずの遠回りが、振り返ってみればとても贅沢な時間になっていました。

「わざわざ」は、すぐそばにあった

今働いているパン屋でも、あの日曜日の朝を思い出すような光景を見かけることがあります。

お店にはイートインスペースがあり、土日は朝食の時間帯にはお店が開きます。
パンを焼いていると、焼きたてのパンを選んで、そのままイートインスペースで朝食を楽しむご家族の姿をよく見かけるんです。

休日の朝に支度をして、家族でパン屋まで来る。

考えてみれば、これだって十分「わざわざ」です。

あの頃、私が「フランスらしいなぁ」と眺めていた光景は、何もフランスだけにあるものではなかったのかもしれません。

好きなパンを選ぶ時間、パン屋まで出かける時間、買ったばかりのパンを頬張る時間。

毎週そんな朝を過ごすのは難しくても、たまには効率をちょっと横に置いて「今日は、あのパン屋まで行ってみようかな」という休日があったっていい。

こんなコラムを書いていたら、私も久しぶりにパンを買うためだけに出かけたくなってきました。
次のお休みは早起きして、まだ行ったことのないパン屋まで歩いてみようかな。

中村ことは(パン職人/ライター)

大手や仏留学を経て、現在は浜松でパン職人とライターを兼ねるパラレルワーカーとして活動中。コロナ禍や怪我を転機に、パンへの情熱と言葉を編むスキルを掛け合わせ、自分らしいワクワクする働き方を模索中。

Information 中村ことは(パン職人/ライター)
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文:パン職人/ライター 中村ことは