
こんにちは。パン職人であり、ライターの中村ことはです。
パンには、焼きたての香りだけではなく、土地の記憶や季節の気配、人の手しごとが静かに宿っています。
そして、そんな背景を知るだけで同じパンでも味わい方がふっと変わる。
パン好きなら、一度は感じたことがあるかもしれません。
そんな“パンの奥行き”を、浜松在住のパン職人×ライターの私が、毎月そっとお届けする連載コラム。
読み終わったら思わずパン屋さんへ寄り道したくなる──そんな世界へご案内します。
トーストに何を塗ろう?

2月は、フランスでパンの食べ方を通して気づいた、小さな贅沢についてのお話です。
日本では朝食にパンを食べる方も多いのではないでしょうか。
サラダに、トーストした食パン。さらにスープまで作れた日は、朝から満ち足りた気分になります。
ここでお聞きしたいのですが、この"トーストした食パン”に、あなたなら何を塗りますか?
王道だと、やはりバターでしょうか。
ジャムもいいですね。
イチゴにブルーベリー、杏にマーマレード…たくさんの種類があってつい迷ってしまいます。もちろん、何も塗らずにパンそのものを味わいたい気分のときもあるかもしれません。
私はずっと、「今日は何にしよう」と考えながら、バターやジャムなどの中からひとつを選んでいました。
ですが、フランスで出会った朝食が、そんな当たり前をふっとほどいてくれたのです。
ずっと「どちらか」を選んでいた

フランスへ留学中、早く家を出てカフェで朝食を頼んだことがあります。憧れていたフランスのカフェ。
寒いのを我慢してまでテラス席に座ると、ほどなく温かいバゲットとカフェオレが運ばれてきました。
そして、その横には当たり前のように添えられていたものがあったんです。
それは、バターとジャム。
しかも、どちらかではなく両方です。
「え、両方もらえるの?」
とウキウキした私は、バゲットの半分をジャム、もう半分をバターで楽しもうとしていました。
しかし、その様子を見ていたフランス人の友人が、さらりとこう言ったのです。
「両方一緒に塗るんだよ」
その瞬間、目から鱗が落ちました。
バターか、ジャムか。朝のトーストには、どちらかひとつを選ぶもの。
それが、私にとっての当たり前でした。
冷蔵庫に両方あっても、いつもどちらかを手に取ります。
無意識のうちに「今日はこっち」と決めていたのです。
どちらかを我慢しなくていい。
一方を諦めなくてもいい。
どちらかを選ばなくていいということは、「どちらも大切にしていい」ということでもあります。
さらに驚いたのが、フランスではそれが当たり前の光景だったこと。
贅沢をするわけでも、特別なものでもなく、ただ「そういうもの」として存在していたのです。
自分がいかに「どちらか」を我慢し続けてきたか、気づいた瞬間でした。
ひと口でわかった「どちらも」

友人に言われて周りをそれとなく見てみると、お客さんもその通りに食べていました。
私も倣って、バターを塗ったバゲットの上にジャムを乗せて、がぶり!
最初に感じたのは、ジャムのやさしい甘さと酸味でした。
そのすぐあとに、バターのコクと香りが追いかけてきます。
どちらも主張しすぎず、口の中で自然に溶け合っていきました。
さらにバゲットの香ばしさがバターもジャムも優しく受け止めて、口の中でいくつもの味が重なります。
口の中には、ただただ「おいしい」が残りました。
私の中に残った、ひとつの習慣

私がフランスで出会ったのは、新しい食べ方よりも新しい考え方でした。
どちらかを諦めなくていい朝。
どちらも大切にしていい時間。
それは、何かを足す贅沢ではなく、削らなくていいという贅沢です。
そんな小さな選択の積み重ねが、日常を少しだけ豊かにしてくれるのかもしれません。
どれにしようかな…と選ぶのも楽しい時間です。
けれど、ときには「どっちも食べたい」と思う日もあります。
そんなとき私は、いつも「どちらも選べたフランスの朝」を思い出します。
トーストにバターとジャム、両方を塗ってみる。
たったそれだけで、いつもの朝が少しだけ豊かになった気がするからです。
今では、自分がおいしいと思う組み合わせを見つけるのも、楽しみのひとつになっています。
中村ことは(パン職人/ライター)

2008年、東海調理製菓専門学校を卒業後、大手ベーカリーに入社。関東の個人店へ転職し責任者を務めるも「パンが主食の国で生活したい」という夢を追い、2019年フランスへ。留学中にコロナ禍となり帰国。再び関東のベーカリーへ就職するが、仕事中のぎっくり腰をきっかけにライター業をスタート。2022年浜松へUターンし、現在は市内のパン屋さんで働きながらフリーライターとしても活動している。“2足のわらじ”で、自分にとってのワクワクする働き方を模索中。
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